遠い昔より人々を翻弄し続けた、荒ぶる環境。 それがその時代が言う所の《最後の敵》だった。 やがて人々は永きに渡る探求の末、それを抑え込む術、 人が生きる土壌としてほぼ完全と呼ぶに相応しい《機構》を築き上げた。 かくして人々は安寧の時代―― 《一時の蜜月》を謳歌した。
しかし時を経て、皮肉にも《機構》自身がそれを打ち崩した。 地の底から空の高みにまで及ぶその営みの律動、僅かな歯車の歪が折り重なり、遂にはその波が揃う時が到来した。 幾重にも重なり振り幅を増したその波―― 揺らぎの頂点は未曾有の高さ、そして落差を生む。 まさしくその巨体に相応しい規模での破綻、まさしく名指して崩壊。 それこそ後に呼ぶ《大決壊》だった。 それは誰にも予想できなかったか、それとも予想する事をしなかったか。 或いは重々解りながらも手を下す事が出来なかったのかも知れない。 破局を回避できなかった理由についての類推は、常にそういった場所で停止していた。
そう、後の世に《人の営みが生んだ天災》と言わしめた、あの《痛ましい事故》《大決壊》により 一つの塊だった地上が砕片へと別たれてから幾星霜。 砕かれた跡に残った各地域は《機構》の齎した多目的プラントにより概ね自給を満たしていた…… いや、プラントが残った地域だけが文明を留め、そこに殆どの人々が集まったというのが事実だった。 物資は常に要求よりも不足していたが、プラントの代替・再編成活動により極端に偏った不足は起こらず それ故にそれぞれの地域の他との物的、人的交流は最小限に止まった。 何処もが似たような状況で、そして誰もが自分達の事で精一杯だった。 その営みの器は《自分達の仕事》で満たされていた。 それが実際の所だろう。 永くの間、彼等は自分達に残された地を足掛かりに微々たる速度で再開発―― 大昔の様に地上の端々で火を灯し、慎ましく血を流し合い、互いにその領土を広げるに留まっていた。
やがて時は経ち、人々は後退した場所から徐々に立ち戻りつつあった。 地上にはかつて存在した《国家》にも似た数多の各地域が存在した。 そして人々はようやく周囲に目を向ける余裕を、言わば《世界》を感覚する術を取り戻した。 視界は大きく広がり、か細い糸は縒り合わされ、着実にその太さを増していく。 そこになり、眼前にありありと姿を現し始めた 輝かしい《機構》の時代の遺産は人々を惹き付ける。 それは止め様の無い事、必然とも言えた。 それらはもう届かない遥か遠くに。 しかし、決して御伽噺の中などではなく。 残骸であれ、それは絶望よりも、むしろ連なりが未だ濃いという想いを掻き立て。 未だにその時代が目の前にあるようにも思われたのだった。
しかし、暗い帳を剥がした向こうに見えたのものはそればかりではなかった。 瓦礫の影で息を殺し、正体を見せず息を吹き返す時を待っているもの達。 それは混迷の時代にあって、輝かしき《蜜月》を再現しようと試みた《機構》の模倣者達。 彼等はそれぞれの立場でそれぞれの成功を望み、そしてきっと、それぞれの結末を得た。 その成果/遺産/残骸は尽くその背後に《機構》の影、即ち《蜜月》への憧憬を背負っている。 それこそが彼等の進んだ道、身に纏った小さな世界の輪郭を象っていた。 そして未だこう信じるもの達がいる。 《蜜月》に通じる道は其処にある、と。 きっともう、夢も現もその区別に意味は無かった。